横浜家庭裁判所 平成12年(家)136号 審判 2000年5月11日
申立人 ●●児童相談所長 A
事件本人 B
事件本人の保護者親権者父 C
事件本人の保護者親権者母 D
主文
申立人が事件本人Bを乳児院または児童養護施設に入所させることを承認する。
理由
1 申立ての要旨
事件本人は、平成11年9月1日○○市所在の○×病院で生後1か月検診を受けた際に、医師から事件本人の腕が腫れていることを指摘され、同日○○市立病院整形外科において、詳細な診察を受けたところ、事件本人に両上腕骨骨折、右鎖骨骨折が発見されて即日治療のため入院となった。しかし、同怪我は事件本人自身の行為で発生したものではなく、第三者が人為的に発生させた怪我であると判断した同病院は、同月6日申立人に、同月10日警察に通報した。そこで、申立人は同病院の整形外科医に事件本人の怪我の原因を確認したが、その原因は明らかにならなかったものの、このまま事件本人を退院させて帰宅させることは相当でないと判断し、同月20日事件本人を○○療育相談センターに一時保護した。ところが、申立人がとったこの措置に対し、事件本人の父方祖父母から父母が故意にやったものでなく、かつ事件本人の怪我が治癒しているのに、一時保護を続けることは事件本人の父母に与える悪影響が大きいとして、強く引取り要求がなされた。そして、同祖父母が事件本人を責任をもって監護するとの申出をしたため、申立人は同祖父母方に数回の外泊訓練を経た上、同年12月6日一時保護を解除して同祖父母に事件本人を引き渡し、児童福祉司の指導とした。
同年12月13日事件本人が息苦しそうにしていたことから耳鼻咽喉科の医師に診てもらったところ、鼻孔内に異物が挿入されていることが発見された。同医師は直ちに除去を試みたものの、容易に除去できないため、上記市立病院の耳鼻科でその異物の除去を受けるに至った。申立人が、この件について、同病院耳鼻科の医師に説明を求めたところ、同医師は事件本人の左鼻孔内に挿入されていた異物は人工材科であり、事件本人の体外から侵入したものであって、事件本人以外の第三者が挿入したものであると説明した。
更に、平成12年1月14日事件本人の上記療育相談センターにおける定期検診の際、頭部に血腫が発見され、同日上記市立病院で検査を受けたところ、頭蓋骨骨折が明らかになったので即日入院することになった。同月17日同祖父母からの強い引取り要求があったけれども、申立人は、事件本人の安全確保の必要上、再度△△療育相談センターに一時保護した。
以上のとおり、生後間もない乳幼児である事件本人が親権者及びその援助者親族の支配内において、短期間に重篤な怪我を2回及び異物挿入の被害を1回受けているということは、到底事件本人が適切な監護の下で養育されているものとはいえず、事件本人の福祉を著しく害する不適切な養育環境に置かれているもので、事件本人の保護と健全育成のため早急に適切な施設に収容する等の相当な措置をとるべきであるところ、事件本人の親権者らはこの相当な措置に同意しないので、その承認を求めるというにある。
2 当裁判所の判断
当裁判所調査官E及び同F作成の調査報告書並びに事件本人の親権者父C及び同母D、父方祖父G及び祖母H、●●児童相談所児童福祉司I外1名の各審問結果に本件記録を総合すれば、申立ての要旨記載の事実のほか、以下の事実が認められる。
1) 事件本人の出生、成育歴
事件本人は、平成10年9月30日に婚姻した父C及び母Dの長男として神奈川県○○市内の「○×病院」平成11年8月3日無痛分娩により体重3250グラムの健康児として生まれた。
上記の骨折などの怪我が見つかった平成11年9月1日までの約1か月弱育てた父母によれば、事件本人は、特に手が掛かるという訳でもなく、育てやすい子であるという。
事件本人は上記のような三度にわたる重大な事態にみまわれながらも、現在は怪我も治癒し健全に成長している。
2) 親権者の人物像
事件本人の父は、昭和○年○月○日一人っ子として生まれ、県立高校を卒業後、専門学校で電子工学を学び、無線技師1級を取得して、昭和61年○○に入社した。平成5年「○○××」に移り、現在は同社のポケットベルの工事関連部署に所属しているが、担当している業務は事務であるという。
他方、事件本人の母は、昭和○年○月○日2人姉妹の長女として生まれ、平成8年体育大学を卒業後、「○○××エンジニアリング」に入社し、父とは職場で知り合い、半年の交際の後、婚姻している。
母は婚姻後、間もなく妊娠しているが、父母とも早く子供が欲しいと考えていたことから、特に父は喜びのあまり、妊娠を職場にふれ回ったという。
3) 事件本人の上記両上腕骨骨折、右鎖骨骨折の原因につき、母は、発見された数日前に30センチメートル程の高さのソファーから寝返りをうってソファーの下に置いてあった座布団上に転落したこと、事件本人と父母の3人で夜就寝中の寝返りの際に下敷きにしたのかも知れないこと、抱き方が悪かったこと、着替えの際に力を入れ過ぎたのかも知れないこと等しか思い当たらないと述べている。父母の代理人弁護士はこの他に、原因として、分娩時に起きた怪我ではないかと指摘する。
しかしながら、事件本人の骨折等の怪我を診断した医師によると、事件本人の骨自体に組織上の異常はなく、両上腕骨の骨折は両上腕骨ともほぼ真ん中付近が完全に折れていること、鎖骨の骨折部位もほぼ真ん中付近であること及び骨折の程度からすると相当強い外力が加わったものと見られるところ、両方の上腕骨骨折であることから母の指摘する原因はいずれも当たらないと判断している。代理人が主張する分娩時の骨折であるとの推論についても、確かに、文献によると分娩時に約0.1パーセント上腕骨骨折が起こることを認めているが、両腕に起こることは極めて稀であり、かつまた、新生児であれば1週間程度で化骨形成(骨の接合現象)が起こるところ、診断当時事件本人は生後4週間弱経過しているのに、いまだ化骨形成がなかったことを考慮すると、分娩時の骨折とは考え難いと診断している。
4) 事件本人の上記左鼻腔内の異物については、診断摘出した医師によると、事件本人の体内で形成ないし生成されたものではなく、体外から第三者の手により鼻腔内に挿入ないし充填されたものであるとされている。
そして、父母及び祖父母は、そのことについて、思い当たることがないと述べている。
なお、祖母は、事件本人の息苦しそうな様子は、一時保護の解除を受けた祖父母方に事件本人が引き取られたころからあったかのように述べるが、事件本人が一時保護を解除されて祖父母宅に引き取られたのは平成11年12月6日であり、それから左鼻腔内に上記の異物が発見され、摘出されたのが同月13日であって、仮に、一時保護解除の以前から事件本人の鼻腔内に異物が挿入されていたとすると、事件本人は1週間以上もの期間息苦しい状態下にあったことになり、その間事件本人に関わった人々が全くその異変に気づかなかったと見るのはいかにも不自然である。むしろ、母及び祖母が事件本人の息苦しい様子に気づいた日は摘出日の前日か当日であったというのであるから、異物の挿入は摘出の数日前に何者かの手により事件本人の鼻腔内になされたものと考えるのが自然である。
したがって、事件本人の左鼻腔内の異物の挿入は祖父母及び父母の支配下で起きた事実であるといわざるを得ない。
5) 次に、平成12年1月14日事件本人の頭部に発見された頭蓋骨骨折の発見の経緯は、母及び祖母が14日の2ないし3日前に事件本人の頭部に腫れのあることに気づいたが、事件本人の様子に激しく泣くとか、ミルクを吐く等の特段の変化が見られなかったことから、かねてから予約してあった定期検診の際に医師に診てもらおうと考え、すぐ病院に行かず、同月14日検診当日医師に申し出て診察を受けて初めて発見されたものである。その骨折は、事件本人の左後頭部に血腫があり、頭頂部から側頭部にかけて三条の線条骨折が発見されたが、脳組織には異常がなかった。検診医の指示によりレントゲン撮影等で診断した市立病院の医師によると、骨折の原因としては考えられることは、床、壁、机等の堅い物に衝突して起こったものと考えられ、かなり強い衝撃が加わったものと思われ、このような骨折を負った事件本人は痛がって泣くはずであると述べている。
この骨折の発生原因については、よく考えてみると、1月8日から10日ころ、父母が祖父母宅に泊まった際、父がこたつの近くで事件本人を抱いてあやしていたとき、突然事件本人が足で蹴って踏ん張るように身体を伸ばしたため、頭部がこたつの縁にぶつかったことがあったが、激しくぶつかったわけではなく、その時事件本人が余り泣かなかったのでその事実は忘れていたと父が述べている。
6) 事件本人は上記の骨折により平成12年1月17日まで入院し、同月17日退院と同時に事件本人は再度●●児童相談所より安全確保のため一時保護の措置を受けた。そして、今後事件本人を安全に養育するためには施設で監護するのが相当であると認められ、同児童相談所における措置判定会議において、養護施設に収容するのが相当であるとの決定がなされたところ、この措置に親権者である父母がこれに同意しないので、同児童相談所は平成12年1月18日当家庭裁判所に本件申立てをなした。
なお、本件の一連の経過に父母及び祖父母らは強い衝撃を受けており、特に、父は職場を休みがちになり、同年2月20日からは休職中である。
以上の事実によれば、生後9か月余りの事件本人は、生後5か月間のうち、一時保護の期間を除くと父母及び祖父母との生活期間2か月半余りの短期間内に、上記のとおりの重篤な経我等を3回も負ったことは客観的に明らかな事実である。本来、安心して健やかに成育できる父母ないし祖父母のもとで、かような事態が起こるとはまことに悲惨であるといわざるを得ない。
そして、上記3回の怪我等のうち、頭蓋骨骨折については、一応上記のとおり父の行為に起因した可能性ある事実があったことを認めているものの、他の2つの怪我等については、その原因に思い当たることがないと述べており、本件全資料を検討しても、残念ながら、現時点ではその原因を特定できず、かつ行為者も明らかになっていない。
したがって、本件において、事件本人の身体上に起こった上記の重大の怪我等が父母等の保護者による虐待行為によるものとまで認めることはできないけれども、前記の怪我等の経緯からすれば、同児童相談所において、父母らに暴力的虐待があったものと疑ったとしても止むを得ない状況にあったものというべきであり、いずれの怪我等も父母及び祖父母との生活中に、かつその支配下で発生したものであることは否定できない。とすれば、少なくとも、事件本人に対する父母等の養育監護が適切になされていなかったものというべきであって、事件本人の養育監護を父母に委ねることは著しく事件本人の福祉を害することになるものといわざるを得ない。次いで、事件本人が最初の一時保護措置が解除され、祖父母宅に引き取られた後に、前記2回の怪我等が生じていることを考慮すると、父母から事件本人を引き離すことにより父母に重大な負担をかける虞れがある(父母の代理人の主張)との主張は理解できないわけではないが、事件本人の安全な生活を確保する利益を優先させるべく、保護者の意に反しても、当面の間(父母等の保護者において、事件本人の適切な養育体制が整うまでの間)、事件本人を乳児院または児童養護施設に収容することはまことに止むを得ない措置といわざるを得ない。以上の次第で、当裁判所は●●児童相談所が事件本人に対し、児童福祉法28条所定の措置権を行使するのが相当であると認める。
なお、当裁判所は、現時点で父母が事件本人に対して必ずしも適切な監護をなしていないものと認め、当面は事件本人を乳児院または児童養護施設に収容して健全な成育を図ることが相当であると判断したわけである。しかしながら、本来、事件本人は両親と生活しながら両親の豊かな愛情に育まれ、安全かつ健やかに成育していくことが望ましいことはいうまでもない。したがって、一刻も早く、事件本人が愛情溢れる両親のもとで安全で良好な生活をおくれる養育環境を整備することが緊急不可欠である。そこで、父母は児童等保育の専門機関である児童相談所による継続的助言や指導を受けつつ、適正な養育知識及び良質な養育環境整備に関する知識を積極的に獲得するよう努力する必要があると考える。そのためには両親と●●児童相談所とは本件によって生じた不信対立関係を解消することに努め、事件本人の健全成育を目指して互いに緊密な連繋を図ることが、結局事件本人の健全発達につながるものと考える。
3 よって、当裁判所は●●児童相談所が事件本人を乳児院または児童養護施設に入所させる措置をとることを承認するのを相当と認め、児童福祉法28条1項を適用して主文のとおり審判する。
(家事審判官 堀滿美)